ナイーブなMEは兼業農家

ワーホリ中に国際結婚、現在は西オーストラリア州で兼業農家。私の経験や驚きを様々なジャンルで紹介!

私のお父さん


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今週のお題「お父さん」

こんにちは☀️

西オーストラリア州で兼業農家をしております、ナイーブMEです👩‍🌾

 

先週末は父の日だったんですね!

友達のFacebookの投稿で当日知りました。

オーストラリアの父の日は9月なんです。

私の父は私が小学一年生の時に事故で亡くなっているので、30年以上経った今では父の日という感覚がほぼありません。

今週のお題が『お父さん』だったので、私の記憶と母から聞いた話、また遺品から私が想像している『私のお父さん』について書いてみたいと思います。

 

私の記憶のお父さん

私はお父さんが大好きでした。

三人姉妹の真ん中の私は、いつもお父さんの膝の上に座ろうと必死だった記憶があります。

週末になると家族でピクニックに行くことがあり、そのときにお父さんの作るのり弁当がものすごく美味しかったのを覚えています。ただ、おかかと海苔と醤油だけのものだったと思いますが、特別に美味しかったです。

仕事に行く前に見送りに玄関に行くと、よくポケットに入っている小銭をくれました。

仕事場に連れていってもらったことがあり、社員食堂らしき場所でアイスクリームの乗ったメロンソーダを飲みました。メロンソーダがすごくキラキラしていました。

サンタさんからもらった黄色の自転車の練習をいっしょにしました。河川敷かどこかで練習しようと車のトランクへ自転車を入れたのに、トランクが閉まらずに半開きのトランクから覗いた黄色い自転車の記憶があります。

お風呂にいっしょに入ると、タオルで空気を沈めてオナラみたいなブクブク遊びをするのが楽しかったです。

 

母から聞いた父の話

父はかなりの名門大学を卒業していますが、それを人に言うことはなかったそうです。

幼稚園に入園する際の書類に両親の最終的学歴の詳細を書く欄があったそうですが、親の学歴は子どもに関係無いと言って無記入で提出。高卒の母からしたら、せっかく立派な学歴なんだから隠すことないのに・・・と思ったそうな😅

その幼稚園はインターナショナルで、父は子どものうちから国際的な感覚を身につけてほしかったようです。私は年少で入園して転勤のため1年しか通ってないようですが、この幼稚園の記憶はうっすらとしかありません。国際結婚をしてオーストラリアに住んでいる私は、父の願った?感じになってるみたい!

かなりの甘党らしく、卵焼きには砂糖、お餅には砂糖醤油派。チョコレート好きは私、餡子好きは妹が引き継いでいます。

かなり几帳面な性格で、三姉妹で言うと私が引き継いでいるようです。しかし、遺品からみられる几帳面さを見ると敵いません。

背が高くて細身、浅黒い肌、一重垂れ目。私がかなりそれなので、よく親戚からは父に似ていると言われました。首の具合もすごく似ているるらしい。確かに父の昔の写真を見ると、私に似ています。でも目は姉が1番似てるかなー

寝相は妹がそっくりらしい。

つま先に体重をかけてヒョコヒョコ歩くのは私が引き継ぎました。おそらくそのせいで、細身の体型が共通してるのかな?

寒がりの冷え性、特に肩が冷える。これも、完全に私が引き継ぎました。私は冬場は肩パッドがないと寝られません。

頭痛持ちなのも私がばっちり引き継ぎましたが、私は20歳を過ぎてからマシになりました。

タバコは吸っていましたが、第1子(姉)が産まれる前にはやめたそうです。母、そして私たち三姉妹は誰もタバコを吸いません。

かなりのロマンチスト。そしてアコースティックギターが大好きで、よく弾き語りをしていたようですが、歌はあまり上手ではなかったよう😅

社内結婚だったけど結婚するとき、『僕が一生懸命働くから、子どもに寂しい思いをさせないよう家にいてほしい。』とお願いされたそう。これは、父の実家が商売をしていたのでその経験からこういう話になったそう。母はこれに同意し、父が亡くなった後もその言葉に従い、仕事は近場のパートにして夕方には家に帰り食事を作ってくれていました。

 

遺品から想像できる父

字が綺麗!少し癖のある字ですが、ものすごく整っています。教員経験のある私ですが、こんな整った字を書く男性教員には会ったことがありません。

写真が好きでアルバムを作りも趣味だったよう。姉妹一人一人にアルバムがあり、各ページには几帳面な字で説明書き付き。説明は色画用紙を色んな形に切ったもので、写真も角を落としたり、丸だったりと様々で手作り感半端ないです!

また、アルバムの中に旅行の写真があれば、その横にはパンフレットやチケットの半券なども貼られていました。これまた私がガッツリ引き継いでおりまして、大学で実家を出るまでクリアファイルにありとあらゆるパンフレットや半券を集めていました。

これに合わせて収集癖もあったようで、記念コインや切手もたくさんあります。そして私も一時、珍しい切手を集めていました。

これらのことから、ものすごく几帳面だったことが伝わります。

録音テープ。本人の弾き語りもあれば、誕生日など特別な日の様子を録音したテープが大量にありました。

ほとんどのテープはMDに録音し直しました。その最中にいくつか聞きましたが、歌は・・・という感じで、聞いていて少し恥ずかしくなりました😅

でも、すごく優しい声をしています。

手紙。これは母宛に書いたもので、昔にいくつか読んで聞かせてもらいましたが、それはそれはロマンチックな内容でした。正真正銘のラブレターです。何かしらの記念日には手紙を書くというマメな人だったようです。

私の姉は自分の27歳の誕生日に結婚式を挙げましたが、27年前のその日父から母宛に書いた手紙が司会者によって読まれました。その手紙の存在を知らなかった私は号泣してしまいました。

愛情たっぷりなロマンチックな人だったのがよく分かります。

 

 

これが私の知る『私のお父さん』です。

亡くなった人のことなので良く言っているだけかもしれませんが、結婚生活10年いっしょにいた母に聞いても悪い所が思いつかないと言います。

とても真面目で優しくて、人にも慕われ、家族思いでとても誠実な人だったと言います。

亡くなってから毎年、お線香を立てに来てくれる父の友人がいます。私がオーストラリアに来てからは分かりませんが、少なくとも亡くなってから25年間は毎年命日の近くに来てくれていました。車で数時間かかる距離に住んでいるその人は、毎年美味しいケーキを持ってきてくれるので私はそれだけが楽しみでした。

その人は特に母と親しいわけでもなく、ただ父の大学時代のサークルの友人。

ある年は、その人が他のサークル仲間を4,5人引き連れて我が家で同窓会みたいな感じになったこともありました。

25年間、毎年何の話をしていたのか覚えていませんし、我が家に親戚以外の男性が来ること自体に少し抵抗があったので会うのが楽しみな相手ではありませんでしたが、この歳になって思えば父は友達に愛されていたんだなぁと誇らしく思えます。

 

ニュースやドラマ、現実の世界でも友達の父親や旦那さんのネガティブな話を聞くと、『うちのお父さんなら絶対そんなことしないだろうなー』と思ってしまいます。

そのくらい、私にとって父は完璧で素敵な人です。

私はよく、父を知る人に外見も中身も父に似ていると言われますが、それは私にとって最高の褒め言葉です。

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ここまで読んでくれた人にはバレているでしょうが、私はお父さんが大好きないわゆるファザコンです。

別に男性に父のような完璧さを求めるわけではありませんし、まず父のような人はそうそういないと思っています。

でも、私なりの完璧な男性はオーストラリアの片隅で見つけました!旦那氏です♡

旦那氏は父とは違ったタイプですが、真面目で誠実でロマンチストな人柄はいっしょかな!

もしも願いが叶うなら、父とお酒を飲みたい。そして、父に旦那氏を紹介したい。

絶対、お互い好きになるはず!!