ナイーブなMEは兼業農家

西オーストラリア州南部で建築とヤギ飼いの兼業農家。自給自足の生活を目指します!

英語を学び始めるきっかけを作ってくれた初海外のウガンダ旅行 ~人生の選択肢を増やす英語~


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こんにちは☀

西オーストラリア州で兼業農家をしております、ナイーブMEです👩‍🌾

 

今朝、『英語と海外のエピソードを募集』というのを見たので、急にこのお題で書きたくなりました。

ブログを始めた当初にも同じような内容で書いたことがあるのですが、読者数も少なくはてなスターさえも付いていない記事なので改めて書き直すことにしました。

 

2011年夏までの私

英語に対しては全く興味なしでした。

当時は小学校教諭として働いており、外国語活動が本格的導入される前の試験的期間でした。私は高学年の担任をしており、普通のカリキュラムでも手一杯なのにそこに外国語活動だなんてありえない!!と大反対をしている1人でした。

家族が海外旅行に行くと言っても、日本にも海山川があって綺麗だし、食べ物美味しいし、高い金払ってまで海外に行くことに興味が湧かず、いつも犬と留守番していました。

そんな私に転機をもたらしたのが、古くからの友達が青年海外協力隊としてアフリカのウガンダへの派遣が決まったこと。彼女がウガンダにいるうちに是非遊びにおいでと言われたのです。

これまで全く海外に興味がなかった私ですが、さすがにアフリカにはわくわくしたのでした。

そして2011年8月に10日間ほど妹と2人でウガンダに行ったのです。これ、私にとっての初海外旅行でした!!当時、30歳手前です。

 

初めて見た日本の外の世界

エミレーツ航空のドバイ経由でウガンダを目指しました。飛行機の中で見たエキゾチックなCAさんにうっとり。制服も日本の航空会社とは全く違っていたので、ついに異国へ行くことを実感したのでした。

早朝にドバイ空港に着くなり、トイレで顔を洗ったり歯を磨いたりしていたら乗り継ぎの人の波を見失いました。英語が全くできないのでどっちに行っていいのか分からず、人に聞こうも早朝過ぎて全く人がいません。事前情報ではドバイ空港にはたくさんお店があって煌びやかだと聞いていたのに、お店は一つもなくガランとしていて人もいない。

まさかここはドバイではないのかもと疑い始めたら、ようやく警備員らしき人を発見しました。でも、何て言っていいのか分からない・・・

しかしこの人を逃したら後がないと思い私の口から出た言葉は

I want to go to Uganda.

これ、私が大人になって初めて生の外国人に発した英文です。。。

今考えれば、よくもまぁドバイ空港でこんなこと聞いたと思いますが、これがちゃんと通じて国際線ターミナルまで行けたのです!

エスカレーターを上って視界が開けた先には、キラキラのド派手な装飾に国際色豊かな人々がいました。頭にターバンを巻いた人や色鮮やかなアフリカンドレスを着た人、半袖半ズボンでバックパックを背負った人などが一気に視界に入ってきて、ついに海外に来たのだと実感した瞬間は今でも覚えています。

 

そしてウガンダでは、想像をはるかに超えた景色と人々との交流が待っていました。10日間の滞在では、街やサファリ観光以外にも友達の住んでいる村散策もしました。(※旅行写真はこちら

友達は青年海外協力隊の現地スタッフとして、貧しい村人の生活を支えるための農業指導をしていたので、かなりディープな生活を見ることができました。

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当時の私は、英語のコミュニケーション力ゼロ。高校で勉強したのが最後。そしてこの旅行当時は、高校を卒業して10年以上・・・

ウガンダ人は人懐こくて話しかけてきてくれました。彼らは現地語以外に、英語が話せる人がけっこういます。子どもは学校で英語を習っているそうです。

そのため、私に現地語で話しかけてきて通じないことが分かると、英語で話しかけてきてくれました。

しかし、それでもほぼ理解できない私。

 

ホテルやサファリツアー、食事、タクシーの予約など、全て友達が段取りしてくれました。本当に友達が全てしてくれたので、自力でチェックインさえもしていません 。

自分の英語力の無さに情けなさを感じ、

『もし私が英語を話せたら、この旅行がもっと楽しくなるのに』と思いました。

そして、この思いが

『もし英語が話せたら、、、

 友達がもっと増える

 仕事の幅が広がる

 住む場所の選択肢が広がる』へと変わっていきました。

 

これが、私が英語を学び始めた理由です。

 

このウガンダ旅行帰国から一週間後には、大手英会話教室へ通いだしました。

しかし、私のレベルが低すぎて講師は日本人、生徒はもちろん日本人という環境に私のモチベーションはダウン。しかも週一時間だけの授業料は高いし、これでは時間とお金がもったいない・・・

そう思っていた矢先に、友達から『ワーホリ行ってみたら?』と言われました。

当時の私はワーホリの存在を知らなかったので、その後調べ上げ、一気に気持ちが加速していきました。

当時小学校教諭をしていた私は身も心も疲れ切っていたので、退職してワーホリに行くことに抵抗は全くありませんでした。

 

ウガンダ旅行から10ヵ月後にはカナダへ渡り、現在は西オーストラリア州の片田舎で兼業農家をしています👩‍🌾

 

人生って分からないものですねー

 

この友達はウガンダから帰国後、日本で就職して結婚し、数年前からご主人の仕事でアフリカに駐在していたのですが、コロナの影響で現在は日本に戻ったとのこと。本当は今年にでも、友達に会いに旦那氏と再びアフリカに行くつもりでしたが、当分お預けです😭😭😭

 

ウガンダ旅行の写真は以下の記事に多く載せています↓

www.naiveme.net

 

 

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